永禄年間(一説天正7年)に三木自綱が築城しました。
高山市街の西南、標高856.7メートルの松倉山頂に構築された山城です。高山盆地を眼下に見おろし、北は越中、南は岐阜、東は木曽、西は郡上に通ずる街道を一望のうちにおさめることが出来ます。
本丸、内曲輪(くるわ)の四方と外曲輪の西側・南側に石垣が現存し、二之丸 本丸東にあり、南側に旗立石と俗称する巨岩があります。三之丸 本丸南に石垣が残存し、西側・南側に石垣、西南隅に1段高く角櫓(すみやぐら)跡があります。また南中間櫓 二之丸、三之丸の中間に三之丸より1段低く、東・南・西に石垣が現存します。
北麓(ほくろく)に城下町を経営したらしく、元禄検地水帳に町屋敷の名が見え、現に古町・馬場と呼ぶ小字があります。また、山中数個所に家中屋敷と見られる大小の平地があります。